ご挨拶

初めまして、「コマイぬ」の芝原と申します。


「二人芝居」をやりたいと思ったのは、全て自分の為で、自分がやりたいモノを、自分がやりたい人と、自分がやりたい場所で、“やりやすい”と思ったからでした。全ては自分の為に始めた事でした。が、気が付くとその“こまわり”の良さから、沢山の可能性がある事に気付き、その可能性は、やがて故郷に届けられるのではないか、と気付いた時に、景色は全く違うモノになりました。

この“コマイぬ”の一つの大きな目的地は、芝原の故郷での公演を行うことにあります。そして、その目的地が、そのままスタート地点となり、長距離走の様にその土地で走り続けたいと思っています。



想いと行動は比例せず、何かアクションの際には、いつも後発組でした。


壊された故郷に足を運べたのも半年の時間が経った後でした。
半年経っても、街に転がったままの漁船、建物の間に突き刺さるように挟まった車、道端に落ちてて誰も拾わないゲームボーイ。きっと出逢う事の出来ないであろう、そのゲームボーイの持ち主に想いを馳せました。


昨秋、偶然にも石巻市の小学校に巡業公演で伺う事が出来ました。
他の地域の子供たちと変わらない姿の子供たちがそこにありました。
あの時間、芝居に一喜一憂して、舞台上の登場人物たちに声援を投げかけてくれる子供たちがたくさん居りました。もしかしたらあのゲームボーイの持ち主も、居てくれたかもしれない。もうあのゲームボーイでは遊べなくなったけど、こういう形で、時間を楽しんでもらう事は出来るのかもしれない。
いつの間にか、故郷でもっと芝居をやりたいという気持ちが芽生えておりました。

そういえば災害の直後、多くの劇団や俳優が足を運んでくれてました。感謝でした。きっとたくさん元気付けられたと思います。

じゃあ、自分が出来る芝居は何なのだろうと考えた時、元気付ける為の一過性のモノでなく、その故郷に住み続ける人々が、その故郷で集まり、その人々同士が交流するきっかけとなるモノ、定期的なモノとしての場になれないかと思いました。

同郷の演劇人で既に先んじて動いてくれている方はもう居ます。

芝原が、準備を整えて、いざ故郷に向かえるのは、もう少し先になると思います。
人によっては「遅い」と思われるかもしれませんし「今さら」と感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、でも自分は、その事を悔いても恥じてもいません。


多くの方が訪れ、そして去っていきはじめるからこそ、自分は、今からそっちに向かおうと思ってます。
そして、あの土地で生まれ育った者として、復興に即効性のある事ではありませんが、一つの憩いのようなモノとして、根付かせる事ができればと思っております。
“今さら”ではなく“今から”だと思っています。


今回のこのひと吠えめからの、暫くの試みは、その為の準備でもあります。
準備であると同時に、この大都会で芝原弘という男が芝居をする度に、この芝原弘を思い出した方が、その芝原の故郷というものを思い浮かべ、普段忘れてしまっていても構いませんのでその時だけで結構なので、“あの土地土地は、今どうなっているのかな?”と、思い出して頂ければ、それだけで此方で続ける意味がございます。
願わくば、そこから、またちょっと、様子を聞いてくれたり、手を差し延ばしたり、してくだされば有り難い。

思い出すきっかけとしての “コマイぬ” と “芝原弘” であれれば、本当に幸いです。

この思い付きに、真っ先に参加してくれた関係者に感謝。末永い旅路にする予定です。まずはその1歩目。お立合い頂ければ感謝でございます。

 

2013/2/20 コマイぬ主宰 芝原 弘(黒色綺譚カナリア派)


 

芝原弘
1982年宮城県石巻市(旧河南町)出身。

桐朋短大演劇科を経て、劇団ドロブラの旗揚げに参加。その後、2度の客演の後、2006年より黒色綺譚カナリア派に参加。以降全作品に出演。

劇団内の男女比が1:5という≪父親が蒸発した女系家族をまとめ上げる長男≫的立場の中で培われた“バランス感覚”と“忍耐力”とで、自団体でのバイプレイヤーから、客演での主役まで幅広く演じ分ける。

<カナリア派の良心>とまで謳われるが、札幌の某俳優に対してだけは冷酷な態度を取ってしまうのは、自分でも謎。

主な出演団体は、DULL-COLORED POP、タテヨコ企画、Minami Produce、サルとピストル、Moratorium Pants、KATO企画、キコ/qui-co.など。

©EPIGONEN
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